たった1枚の絵『物乞いの少年』から見える人間の本質~超哲学入門一歩前~

哲学・倫理

目次

  1. はじめに
  2. 他者の顔からの命令
  3. 物乞い少年が意味するもの
  4. ムリーリョ絵画の特徴
  5. まとめ

はじめに

ムリーリョの『物乞いの少年』の絵の背景には、その時代の生命の躍動や人間の本質が見え隠れしています。今回はその背景をあぶりだしながら、人間とは何か考えてみたいと思います。

この時代は、ペスト(黒死病)が猛威を振るい、キリスト教徒の不安がユダヤ人に向けられ、ユダヤ迫害とヨーロッパ各地で勃発したのです。

中でも、貧困地帯の不衛生な環境に住んでいた『物乞い少年』のような人たちに集中していたようです。まさに死と隣り合わせの環境にあったということです。

人間は本来弱きものとして、死すべきものとして世界に存在しているのです。なので、そういう弱きものとして、死すべきものとして人を呼ぶのです。それをレヴィナスは他者の可視性(モルタリテmortarité)と呼んでいます。

この『物乞い少年』は極貧の状態で食べる者もなく、残飯を漁って食べていることが、エビに殻が描かれていることからも伺い知ることができます。

しかも、まだあどけなさが残る愛らしくも狂おしい少年の顔から、死すべきものとして「人を呼ぶ」力を秘めています。まさに他者の可視性(mortarité)ではないでしょうか。

他者の顔からの命令

少年の顔から「殺すな」という命令が出ており、それを我々が受け取るのです。たった1枚の絵を見ることで、引き込まれる魅力のようなものを感じませんか。

そこに「死すべき者」としての人間の弱さが人を引き付けるのかもしれません。

理論的根拠もなく「殺すな」という命令が現れるのです。そこには理屈はなく、神の命令として現れるのです。

カントはそのことを絶対的道徳的命令と呼び、他者を絶対にただの道具として使ってはならないという命令を「定言命法」といいました。

他者との関りによって私はユニク(unique)のものになるのです。なので、「私」というような者はどこにもありません。私というものはいつも他者との関りの中で、かけがえのない者となるとき、私になるのです。

それは「隣人を愛せ」という命令でもあり、他者とのかけがえのない関りの中に入れという命令が出ているということでもあります。

されにいえば、最も弱い者、最も虐げられた者であり、「我々の内にある神」(deus in nobis)から発せられているのです。

物乞い少年が意味するもの

「物乞い少年」は「蚊をとる少年」というタイトルでもあり、「乞食の少年」というタイトルでもあります。

スペイン最高の画家の1人バルトロメ・エステバン・ムリーリョの初期を代表する風俗画の傑作といわれています。

その絵は世界最高峰のパリのルーブル美術館に展示されており、最も謙虚で目立たない題材でありながら、実際に見た来館者は、ひときわ目立つ、ひときわ印象の残る絵画として輝きを放っているといわれます。

廃墟の建物の前で少年が一人気だるそうに壁にもたれて座っています。蚊をとっている最中の少年が描かれていることから「蚊をとる少年」とも呼ばれています。

ムリーリョの鋭い観察眼と卓越した技術によって、見事に当時のおかれた社会を描き出しています。

ムリーリョのいたセルビアの町は、かつては植民地交易で栄華を誇りましたが、その後衰退の一途をたどり、貧富の差により社会が混乱する中、ペストの流行が追い打ちをかけたのです。

こうした状況で、ムリーリョの描く甘美で温かな宗教画は、民衆に歓迎され、庶民的な題材が受け入れられていったのです。

ムリーリョ絵画の特徴

ムリーリョの絵は、それまでの特徴的だった宗教画の大げさなポーズとコントラストを避け、あっさりとしたところがかえって新鮮に見えたのかもしれません。

この画家の持つ温かいまなざしは、下町の貧しい少年や乙女にも向けられ、時には貧民救済のため進んで慈善組織に参加していたのです。

というのも、彼の生い立ちは決して裕福なものではなく、幼いころに両親を亡くし、一時孤児院で育つなどしたことが多分に影響されています。

初期の画風はテネブリスモが中心の様式をとっていましたが、フランシスコ・テレーラの影響により、作品に色彩豊かな表現がみられるようになっていきました。

特に、画面全体が薄もやに覆われたような夢幻的な作風は、晩年の作品に顕著に表れたいます。

また、子どもを描いた絵も多数残っており、ぼろをまとった貧しい少年たちをありのままに描いた風俗画「物乞い少年」は傑作画として世界屈指のルーヴル美術館に飾られています。

また、彼は子供を次々と5人もペストで亡くし、6人目の娘も耳が聞こえなかったため、その娘を思い最高傑作の「無原罪の御宿り」があり、世界有数のプラド美術館に飾られています。

まとめ

何気ないうつむきがちな10歳ぐらいの少年を題材にしながら、哀れな境遇を光と影のコントラストによって見事に描き浮き彫りにされているのです。

容赦なく少年を照らす日光と少年の言動は、謎めいた秘密や宗教的意味が隠されているのではないでしょうか。

というのも、人間は最も弱い者として、あるいは最も虐げられた者として何かを訴え続けているからです。

それがこの絵の魅力であり、人を引き付けて止まないかけがえのないものとしての価値を生み出しているのでしょう。

それは、我々の内にある神が「人を呼ぶ」のであり、人間の善意を呼び覚ます力があるのです。

10歳前後の少年の服はボロボロで、他のぼろ布で継ぎ当てられているように見えます。

貧しいものとともにへりくだることは、高ぶる者にはるかに勝るという聖書の知恵がそこに隠されているのでしょう。

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